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高知地方裁判所中村支部 昭和36年(ワ)27号 判決

原告 弘岡一郎

被告 川口栄吾 外一名

主文

被告両名は別紙目録第一及び第二記載の不動産につき入会権(民法第二百六十三条の共有の性質を有する入会権)の存在しないことを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告両名の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「(1) 被告両名は別紙目録第一記載〈省略〉の不動産につき、高知地方法務局中村支局(訴状中徳島地方法務局とあるは誤記と認める。)昭和三六年一月一八日受付第二二八号をもつてした昭和三五年一二月三〇日売買を原因とする共有権下元保世持分移転登記の抹消登記手続をせよ。(2) 被告両名は別紙目録第二記載〈省略〉の不動産につき、高知地方法務局中村支局(訴状中徳島地方法務局とあるは誤記と認める。)昭和三六年三月三〇日受付第一五〇二号をもつてした同月一日売買を原因とする共有権下元保世持分移転登記の抹消登記手続をせよ。(3) 被告両名は別紙目録第一及び第二記載の不動産につき入会権(民法第二百六十三条の共有の性質を有する入会権)の存在しないことを確認する。(4) 訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

「一、原告は大正十三年六月二十九日、父弘岡芳次死亡により、別紙目録第一及び第二記載の山林三十八筆につき、共有の性質を有する入会権を家督相続によつて取得し、その持分六百分の二十四を有するものである。

二、(本件入会権の性質(そもそも右山林三十八筆は、藩政時代から地盤、立毛共に板ノ川部落民所有の入会山で、特別の慣習のもとに部落民共同して管理収益して来たものであり、民法施行後の明治三十六年三月、数名の部落区長等を代表としてその共有名義で登記し、現在においては共有登記名義者二十四名で、その持分権は各自六百分の二十四(外に未登記者六名)となつているけれども、右持分権は部落に居住している者のみに与えられ、部落から転出した者はこれを喪失する慣習が藩政時代から存在し、部落居住と持分権とは不可分的な関係にあるものである。そして、右山林は子々孫々まで部落民の財産として永久に保存し、部落民共同して管理収益し、常に植林等をして山林の荒廃を防ぎ、もつてその余沢を子孫に受けさせるとの美風の存する部落人会山である。

三、更に右山林については、大正五年三月五日、入会権共有者一同契約を締結し、その持分権は各自が永久に保存する義務のあること並びにその持分権について万一差押競売等を受けた場合は保証人が債務を弁済して買い戻す義務のあること等を相互に確約したのであるが、右の事実によつても、如何に右山林が部落居住者以外の第三者の所有に移ることを防止しようとする慣習が厳として存在するかを観取することができるのである。

四、これを要するに、右山林に対する権利については、共有名義で登記こそはしてあれ、その実質は民法第二百六十三条の共有の性質を有する純然たる入会権であるから、同条規定の趣旨から前述の慣習が民法の共有権に関する規定に優先して適用されるべきものであると信ずる。(大正九年六月二六日大審院民事連合部判決大審民録二六輯九三三頁参照)

五、被告下元保世は右山林三十八筆につき六百分の二十四の入会権持分を有した者であるが、昭和二十七年頃から部落を離れ、最初千葉県に行つたがその後徳島市中前川町の被告川口栄吾(被告保世の長女芳子の夫)方へ移転したので、部落民(入会権共有者)は昭和三十年十二月十六日、その総会において、前述の慣習に基づき、その持分権の喪失を決定した。

六、ところが、被告下元保世は被告川口栄吾に対し、別紙目録第一記載の山林について昭和三十六年一月十八日、別紙目録第二記載の山林について同年三月三十日、それぞれ売買を原因として、前記のとおりその持分権の移転登記を完了してしまつたのである。

七、しかしながら、前記のとおり被告下元保世の持分権は消滅しているのであるから右譲渡行為は無効であるにかかわらず、被告川口栄吾は最近に至り右山林収益の分配を請求し持分権のあることを主張するので、右山林入会権の共有者であり部落区長の一人である原告は右山林管理保存の責任上、被告両名に対し前記各登記の抹消並びに入会権不存在の確認を求めるため本訴に及んだ。」と陳述した。

立証〈省略〉

被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

答弁として、原告の請求原因事実中、原告が本件山林三十八筆につき共有持分権を有する事実(ただしその権利は入会権でなく所有権であり、その持分は六百分の二十四でなく六百分の二十五である。)及び被告下元保世が右同様の権利を有していた事実を認め、本件山林共有持分権が入会権であるとの事実及び被告下元保世が部落を離れたとの事実は否認すると述べ、原告主張の持分権移転各登記完了事実については明らかに争わない。

立証〈省略〉

理由

原告の請求原因事実中、原告が本件山林三十八筆の共有持分権者であり且つその登記がなされている事実、被告下元保世もかつて右同様の権利を有し且つその登記がなされていた事実並びに被告両名間に右持分権移転及びその登記がなされた事実については当事者間に争いがない。

そして、弁論の全趣旨によるときは、原告等の本件山林についての登記は所有権としての共有持分に関するものであり、且つ右登記は当初各共有者の自由な意思に基づき有効になされたものであるとの事実を認定することができる。

そこで、本件の争点を要約すると、(1) 原告等の本件山林に対する共有持分権の性質、(2) 被告下元保世の本件山林に対する共有持分権の有無、(3) 被告川口栄吾の本件山林に対する共有持分権の有無の三点に帰するから、以下順次判断する。

第一、原告等の本件山林に対する共有持分権の性質

原告は、本件山林に対する原告等の権利は入会権であつて且つ共有の性質を有するものであると主張し、被告はこれを否認するので、まずこの点から検討する。

そもそも入会権とは一定の地方の住民が一定の山林原野を共同に管理し共同に収益する権利を云うのであるが、民法第二百六十三条の共有の性質を有する入会権とは、入会権者の権利がその共有にかかる地盤を目的とし他人の所有にかかる地盤を目的とするものではないとの解釈は、原告指摘のとおり、すでに大正九年六月二十六日大審院民事連合部判決以来、判例の採用するところである。もつとも入会権は所有権を制限する他物権であるから理論上自己の所有権の上に自己の入会権が存在するものではないにかかわらず、右の解釈によるときは、自己の所有権としての共有持分権の上に自己の入会権としての共有持分権が生ずる結果となるが、この結果は民法第二百六十三条の特別規定から生ずる特殊の例外であると考える。

そこで本件山林に対する原告等の権利についてこれを見るに、成立に争いのない甲第一号証の一から四十二まで及び第二号証の一、二、証人岸本春馬、同弘岡勝馬、同駄場豊茂、同弘畑益秋、同池真澄、同下元賀恵、同弘畑好秋及び同岸本匡の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合するときは、

(1)  本件山林は藩政時代から板ノ川部落民が共同して管理し、且つ共同して収益して来た事実

(2)  明治三十一年二月二十三日、宮崎松吉外九名が板ノ川部落民を代表して同人等の共有名義のもとに本件山林の所有権が登記され、民有となつた事実

(3)  現在における登記簿上の共有名義者は原告等二十四名でその持分権の割合は各自六百分の二十五である事実(もとは各自の持分六百分の二十四であつたが、昭和元年十二月二十九日、弘畑好秋が現共有者に対しその持分を各六百分の一宛譲渡したものであるから現在の各自の持分は六百分の二十五となり、この点原告の主張は計算上の誤りと認める。)

(4)  弘畑好秋を含む右共有者及びその前権利者(ただし被告川口栄吾を除く)はいずれも登記当時板ノ川部落民であり、且つ右部落に居住していた事実

(5)  前記弘畑好秋の持分権移転は同人が板ノ川部落から転出したことに基づくものであり、実質的には持分権の放棄である事実

(6)  現共有者二十四名中、岸本礼太郎及び被告川口栄吾を除きいずれも現に板ノ川部落に居住している事実並びに右岸本礼太郎は共有名義こそあれ、板ノ川部落から転出したことに基づき実質的にはその持分権を喪失している事実

(7)  もと板ノ川部落民として本件山林に対し共有持分権を有していた者が再び板の川部落に帰住し十五年を経過した場合は共有者一同の協議により右権利を復活する慣習あり、現共有者の一人である弘畑益秋はその例である事実

(8)  登記簿上の共有者でないが、板ノ川部落民として現に板ノ川部落に居住し、本件山林に対し実質的に共有持分権を有している者が外に七名ある事実

(9)  大正五年三月五日、本件山林共有者一同協議の結果、共有地契約書(甲第二号証の一、二)を作成したが、それによるときは、(1) 本件山林は各自永久に保存すべき義務のあること。(2) 共有者の一人がその持分を移転する必要が生じたときは他の各共有者の協議により決定すること。(3) 本契約において共有者の保証人となつた者はその共有者の持分が差押を受けた場合その共有者の債務を弁済する義務のあること。(4) 右保証人はその共有者が持分を他に売却した場合はこれを買い戻し、他の共有者の協議により決定した者にその持分を移転する義務のあること等の趣旨の契約を相互に締結し、もつて、本件山林に対する共有持分権が部落外の第三者に移転されることを極力防止することに努めた事実

の各事実を認定することができ、被告両名の全立証をもつてしても右認定を覆えすことはできない。

以上の各事実をあわせ考えるときは、登記簿面に表われていない板ノ川部落民の本件山林に対する権利の性質は論外として少くとも訴外岸本礼太郎及び被告川口栄吾を除く原告等二十二名は本件山林に対する共有権者として、祖先の代からの慣習に従い互に共同して本件山林を管理収益し、且つこれを子孫に継承させようとするものであること並びにその権利は板ノ川部落民であり且つ板ノ川部落に居住する者に帰属するとの慣習が存在することを明らかに認めることができ、原告等の本件山林に対する権利はこれこそ正に民法第二百六十三条の共有の性質を有する入会権と云うべきであるから、この点についての原告の主張は正当である。そしてこのことは訴外岸本礼太郎及び被告下元保世がもと有していた本件山林に対する権利についても同様である。

しかしながら、原告等の本件山林に対する権利が以上のとおり共有の性質を有する入会権だからと云つて、このことにより原告等の本件山林に対する所有権を否定することはできない。けだし所有権を離れて入会権だけの存在を考えることはできないからである。

ところが、原告は共有の性質を有する入会権の効力は民法第二百六十三条により、慣習のあるかぎり、所有権としての共有持分権の効力に全面的に優先するかのような趣旨の主張をするが、およそ所有権としての共有権持分の効力には、各共有者相互間の内部関係と一共有者の第三者に対する外部関係との二面の効力があり、民法第二百六十三条にいわゆる「本節ノ規定」とは前者の関係を指したものであるから、共有の性質を有する入会権の効力が前者の内部関係の効力に優先することはあつても、後者の外部関係の効力に優先することはあり得ないものと解するる。

従つて被告両名間の関係においての本件山林に対する所有権としての共有持分権の効力は、原告主張の理論によつて決すべきものでなく、所有権一般の法理によつて決すべきものと考える。

第二、被告下元保世の本件山林に対する持分権の有無

前記認定のとおり、本件山林に対する共有者が板ノ川部落から転出した場合は当然に入会権としての共有持分権を喪失し、且つ所有権としての共有持分権を他の共有者に移転する義務を負う慣習が存するところ、成立に争いのない甲第三号証、証人岸本春馬、同弘岡勝馬、同駄場豊茂、同池真澄及び同下元賀恵の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合するときは、

(1)  被告下元保世は少くとも昭和三十年十二月十六日以前に、板ノ川部落を生活の本拠とせず、最初は千葉県、その後は徳島市中前川町の被告川口栄吾方に居住し現在に至つている事実

(2)  板ノ川部落民(入会権共有者は)昭和三十年十二月十六日の総会において右被告の持分権喪失を決定した事実を認定することができ、成立に争いのない乙第一号証、証人川口芳子及び同威野定義の両証言並びに被告下元保世本人尋問の結果によつても右認定を覆えすことはできない。

そうすると、被告下元保世は板ノ川部落から転出したものと認めざるを得ず、前記慣習に基づき右被告は本件山林に対する入会権としての共有持分権を少くとも昭和三十年十二月十六日喪失し、右権利は慣習及び民法第二百五十五条の趣旨に従い他の共有者である原告等の取得するところとなり、且つ右被告は本件山林に対する所有権としての共有持分権を原告等に対し移転すべき義務を負うに至つたものである。

第三、被告川口栄吾の本件山林に対する持分権の有無

前記認定のとおり、被告下元保世の本件山林に対する入会権としての共有持分権は既に消滅したものであるから、これを被告川口栄吾に譲渡しても何等の効力は発生せず、且つ被告両名のなした持分権移転各登記は所有権としての共有持分権に関するものであつて、これには入会権としての共有持分権が包含されていないことは明らかであるから、被告川口栄吾は実質的にも形式的にも本件山林に対する入会権としての共有持分権を有せず、何人に対しても右権利を主張することはできない。

これに対し原告等は被告下元保世の本件山林に対する入会権としての共有持分権を取得し、且つ右取得は登記なくても第三者に対抗することができるから、被告川口栄吾に対し右権利を主張しうるものである。

しかしながら、被告下元保世の本件山林に対する所有権としての共有持分権は、入会権としての共有持分権の消滅により当然消滅したものではなく、ただ右権利を他の共有者である原告等に移転する義務を負うにとどまるものであるから、右被告がその義務に違背したとしても、被告両名のなした右権利の移転行為及び登記行為は物権的行為として有効になされたものであり民法第百七十七条の趣旨から考えても、原告は右各行為の無効を主張することはできず、ただ右権利が原告等の有する入会権によつて制限を受けたものであることを主張しうるにとどまるものである。

第四、結論

以上認定のように、被告下元保世の本件山林に対する入会権としての共有持分権は既に消滅し、被告川口栄吾の右権利は当初から存在しないものであるから、この点についての原告の請求は正当であるが、被告両名のなした本件山林持分権移転各登記は所有権としての共有持分権に関するものであつて有効であるから、その抹消を求める原告の請求には理由がない。

それで原告の入会権不存在確認請求は正当なものとして認容し、登記抹消請求は理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条第一項但書を適用し、仮執行宣言は必要があると認められないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 永野寅喜)

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